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「さあ、熱いうちに食べましょう」感想。キュートな主人公のリアル異世界体験記

こんにちは、みりりっこです。

私は目的もなく本屋をぶらつくのが大好きなのですが、たまに思いがけない出会いがあって、自分の世界を少しだけ広げてくれます。

今回は、先日本屋さんで偶然手にした本に、ちょっとときめいてしまったので、ご紹介したいと思います。

「さあ、熱いうちに食べましょう」入江麻木著

人気料理研究家の故・入江麻木さんの料理エッセイ集なのですが、この名前を知っている、ファンだった、という人は、おそらく私よりももっと年上の方が多いかと思います。

料理研究家としてテレビや著作で活躍されていた頃からのファンの方々には怒られてしまうかもしれませんが、書店で偶然この本を目にして、初めて著者を知った私の感想を簡単に言うと…

「キュートすぎる!」の一言でした。

※下記より若干ネタバレがあるので、OKな方のみどうぞ。

エッセイで書かれたエピソードは、著者の少女時代から晩年近くまで、様々な時代を行ったり来たりですが、個人的に強く心を奪われたのは、まだ10代後半で嫁いだばかりの頃のエピソードです。

著者の入江麻木さんは海外経験が豊富な欧風料理研究家で、更に一人娘でモデル出身の入江美紀さんは世界的指揮者の小澤征爾氏の奥様ということで、私の親世代以上の女性たちにとって憧れの存在だったそう。

当時は今のように料理研究家やライフスタイルの発信者がうじゃうじゃいる時代ではなかったし、著者の世代で国際結婚をしたり欧米を飛び回っているような人は少なかったはずなので、その影響力は今のセレブなど比較にもならないほど大きかったと思われます。

この経歴だけ見ると、単に「華やかな世界のセレブだったんですね~」、といった印象ですが、私が強烈に惹かれたのは、ロシア人の家に嫁入りした頃の思い出話です。

著者はもともと、割烹旅館(後に帯屋)を営む裕福な商家のお嬢様として生まれ育ちましたが、太平洋戦争のさなか、いったいどういう縁があったのか、1942年に白系ロシア人貴族の末裔と結婚。

結婚が決まるまで洋食すら食べたこともなかったような10代後半の少女が、いきなり言葉も通じない元ロシア貴族の家に嫁いだことから、著者の波乱万丈な人生がスタートします。

なんというリアル異世界体験記!しかも昭和初期に!

これだけでも現実離れしていて、亡命ロシア人貴族とか「はいからさんが通る」を連想してワクワクしまいます。

こんな昔の少女漫画にありそうなドラマチックな人生だけでも衝撃的なのですが、何より心をつかまれたのは、その語り口のキュートさです。

「キュート」という言葉なんてめったに使わないですが、これ以外にぴったりな言葉がみつかりません。

例えば、嫁ぎ先は当然キリスト教徒なので、嫁入りと同時に洗礼を受けた著者も、キリスト教の様々な伝統行事を体験するのですが、その時の思い出語りは本当に感情豊かです。

なかでも「ポースター」という伝統行事の期間、美食を断ち、笑うのも大声でおしゃべりするのもNG、という厳しい掟を必死に耐えている時のエピソードが可愛らしくてたまらない。

―笑っちゃいけない、大声でしゃべっちゃいけないというのは結構つらいことなんですね。はじめの二、三日は神妙にしているけれど、だんだんむずむずしてきます。昔はそうだったかもしれないけれど、今はもういいじゃない。わー笑いたい、笑いたい!あー、泣きたい、しゃべりたい!―

…なんだろう、この可愛らしさは!

どの時代でも、女の子って同じなんだなあと思います。

エッセイ自体はお年を召してから執筆されたにもかかわらず、まるで新婚当初の少女時代に戻って語りかけてくるように、当時の驚きや戸惑い、喜びや楽しさといった感情がそのまま伝わってくる描写が素晴らしいのです。

たった一人、生まれ育った環境とは全く異なる文化に放り込まれた少女が、義父母から厳しくも愛のある教育を受けながら、ひたむきにがんばっている様子が浮かんできて、ほほえましいような、切ないような、不思議な感情が芽生えてきます。

「SHOE DOG」(ナイキ創業者、フィル・ナイトの自伝)を読んだときにも感じましたが、若い頃にドラマチックで濃厚な人生を送った人の中には、当時のエピソードをまるで若者に戻ったかのような、生き生きとした文章でよみがえらせる人が稀にいます。

私自身、現役の料理研究家として、世の女性たちの憧れだった生前の著者を知らないからこそ、余計にひたむきでキュートな女の子としか見えなくて、妙にときめいてしまいました。
(萌えに近い感情かもしれない。)

それに著者だけでなく、登場する嫁ぎ先の家族や外国人の友人たちもすごーく魅力的なんです。

特に、優しくてユーモアにあふれた義父と、生粋の貴族で美しく気位が高く、知性的な義母の存在は、著者にとっても大きく影響を与えたことがわかります。

実の父を生まれる前に亡くした著者にとって、優しく愛情にあふれた義父のことが本当に大好きだったんだな、という事が伝わってきて、その思い出の一つ一つに胸が暖かくなりました。

本物の貴族として生まれ育ってきた義母にも、厳しくしつけられながらも憧れを持って慕っていた様子が見られて、素敵なご両親に愛されて本当に幸せなお嫁さんだったことが想像できます。

私はロシア人やロシア文化について詳しくなく、あまり想像もできなかったのですが、実際にロシア人家庭に嫁いだ著者の目を通して伝わってくる、ロシア人の気風やロシア文化はとても魅力的に見えました。

例えば、料理をするときは楽しく笑いながら作る、とか。

例えば、家事をサボると「ドウモイさん」という見えない魔物が悪さをしたり、油断したり自慢話ばかりしていると「チルチョナク」という小鬼がいたずらをする、といった言い伝えがあったりとか。

こういった「いましめ」すらもユーモアにあふれていて、可愛らしいなあと感じてしまいます。

そして、もう一つこのエッセイ集に更に深みを与えているのが、戦争の頃の思い出です。

結婚してしばらくは、異文化に慣れるのに大変ながらも裕福で幸せな生活を送っていましたが、それもつかの間。

次第に戦争が厳しさを増す中、著者もこの時代を生きた人には避けられない、戦争の苦しみや悲しさを経験されています。

愛する義父と生き別れになってしまったり、疎開先で幼い娘と家族と一緒に苦しい生活に耐えたり、お邸や大切な手紙も空襲で失われてしまったりと、度重なる試練をひたむきに、明るく乗り越えようとする姿には切なくなります。

新婚当初の輝くような日々、始めて触れたロシア文化の数々や、家族や友人たちとの楽しいエピソードがはかなくて尊いものに見えるのも、戦争によって多くが失われてしまったことによる影響が大きいのかもしれません。

戦後、再び豊かな生活を取り戻してからの、世界中の著名人との華やかな交友や、数々の美食のエピソードも魅力的ではありますが、個人的には新婚当初~終戦までの儚くて美しくて、そしてキュートなエピソードに心を持っていかれました。

この本に対して、『料理研究家の入江麻木さん』や、そのライフスタイルに憧れていた世代の方々は、きっと私とは違う感想を持たれるのではないかと思います。

生前に出版された著書の多くは絶版になっているようなので、レシピ本としての復刊を望んでいたような人には、期待外れかもしれません。
(レシピも載ってはいますが、テキストオンリーです)

でも、私のように、現役で活躍されていた頃の著者を知らない人にこそ、読んでみて欲しい1冊です。

ただでさえ激動の時代に、波乱万丈な運命を受け入れて、明るくひたむきに生きた一人の女の子に元気づけられます。

それではまた。